砂抜き

しじみと日本の歴史

日本人は、いったいいつごろからしじみを食材として用いていたのでしょう? 
私たちの祖先は、それが体に良いことを知っていたのでしょうか? 
もし知っていたとしたら、文献などにはっきりと示されているのでしょうか? 
ここでは私たち日本人としじみの歴史を振り返ってみたいと思います。

「住吉の粉に浜の四時美開けも見ず隠りてのみやも恋ひ渡りなむ(すみのえのこにばまのしじみあけもみずこもりてのみやもこひわたりなむ/住吉の粉浜のしじみが殻を閉じて開けないように、心に秘めたまま恋い続けるのだろうか)」。
このように、しじみは万葉集にも文字として残されていますが、日本人とこの貝の関係は縄文以前の昔から続いてきたと考えられています。
遺跡のそばから出土する貝塚には殻が多く見受けられることがその証です。

私たちの遠い祖先がこの貝を食料として用いてきた理由は、それが日本全域の汽水域(河口など海水と淡水が混ざる場所)に棲息しており、比較的簡単に、しかも安定して獲れたことが大きな要因でしょう。
都市の隅々にまで水路が通っていた江戸時代には、どこででも獲れ、しかも漁業権などは定められていなかったこともあって、しじみ売りはポピュラーな職業でした。
そのため庶民の食卓に上がることも多く、どうやらお酒の飲み過ぎによる体調不良を改善する働きがあるらしいということが、統計学的に理解されていたようです。
「蜆売り、黄色なつらへ高く売り(しじみ売りが酒の飲み過ぎで黄疸の出ている者の足下を見て高く売りつけている)」などといった当時の川柳は、庶民が既にそれが持つアルコール解毒効果に気付いていたことを示しています。
また「母乳の出を良くする」「寝汗に効く」「疲労回復に良い」といった効能も一般的に広まっていたようです。

既に縄文時代には食材として用いられてきたことが考古学的にはっきりと示され、江戸時代にはアルコールを解毒し、肝機能をサポートする薬効が明文化されていたしじみ。
長い歴史に裏付けられた、この「体に良い」食材は、これからも日本人の食卓を飾り続けるでしょう。